今から15年ほど前だろうか、我が家にはマスタングが居たことがある。5代目の初期モデルで5ℓのOHV・V8を搭載していたそれは、新車当時の円高還元プライスからして安かったところにきて、紫外線に弱い赤いボディの色抜けも始まっていたため、20万円もしない破格で手に入れたものだ。
他のクルマだとちょっと気にしてしまいそうな見た目のお疲れ感もまったく気にならなかったのは、子供の頃から映画やドラマなどで目にするアメリカ車の多くが、そういう生活痕を背負いながらも力強く走っていたからだろう。そういう姿に憧れをもって育ってきたがゆえ、その色味もむしろおあつらえのエイジングに思えていたくらいだ。
なにより、購入の決め手となったのはOHVのV8ユニットを積んでいることだった。フォードであれGMであれ、アメリカ車の代名詞ともいえるエンジンを人生一度は体験しておきたい。そんな浅はかな理由を満たすに、その値段はちょうどよかった。
フォードで5ℓといえばボス302。それとはまったくもって程遠いぼんやりしたフィーリングだったものの、その歴史と一片でも繋がったかと思えるだけでも、僕にとってそのマスタングは愛すべき存在だった。
内装はお世辞にも質感が高いとはいえないが、運転席側と助手席側とが正対した内装のデザインや、室内に配された馬印のエンボスなど、細々と歓びが散りばめられていたおかげで、その安っぽさもまったく気にならない。しまいにはそのダッシュボード越しにみる景色や、どろーんと吹けるエンジンの粘っこいフィーリングも僕の中では愛おしいものとなった。
当時は仕事も軌道に乗って忙しくさせてもらっていたこともあって、映画館に足を運ぶなんて時間もとれなかったが、マスタングを日々の足としていれば、いつでもアメリカの空気を感じていられる。あなたはなぜ輸入車を選ぶのですか? と問われていつも答えるのは、車内にいればその地に思いを馳せることが出来る、映像や音楽や食事にも劣らない旅情感があるからということだ。
日本でも長らくその旅情を感じさせてくれていたマスタングは、フォードの日本市場撤退で手に入れられなくなったかのように思われているが、今も購入は難しいことではない。
今回取材に供したこのコンバーチブルは、18年型で新たに設定された10速ATを搭載している。エンジン特性の一番美味しいところを寸分漏らさぬギア構成になっているわけだ。
搭載されるエンジンは2.3ℓエコブースト、つまり直4直噴ターボとなる。もちろん望めばV8という選択肢もあるが、マスタングであれカマロであれ、現在のユーザーの大半は4気筒で満足していると聞くから時代も変わったものだと思う。
もっとも、最新のマスタングは最新のアーキテクチャーによって軽量高剛性を実現している上、件の2.3ℓエコブーストは、エクスプローラー級の4WDでもメインユニットとして活躍しているほどの力自慢だ。そこに10速ATも組み合わせられれば、走りに不満があろうはずもない。ターンパイク級の連続した坂道でもまったく意気を途切らせることなくゴンゴン登り続けるパワフルさは正規導入時の試乗で確認しているが、最新型はミッションの多段化によって燃費や静粛性の面でも大きな進化を遂げている。
足周りも四輪独立懸架となった現行型は、乗り心地面でも従来より大きな進化を遂げている。
先代までのリアリジットサスはマスタングを象徴するメカニズムのひとつで、路面のうねりを真に受けて車体をブルッと横に揺するのが味といえばそうだった。が、現行型は路面変化をしっかり受け止めながら、グリップを失うことなく車体は姿勢をフラットに保ち続ける。操舵の応答性も俄然クイックで、舵角を増してもリニアに、かつ粘り強く応答する感触など、現代のクルマの水準に照らしてみてもまったく見劣りはない。
アメリカ車はメカニズムが古くて真っ直ぐ走るしか能がないみたいな印象を抱く向きは今だに少なくないが、現代のマスタングはそういう先入観を覆すに相応しいハンドリングカーとさえいえる。そして山道をきびきびと駆け抜けるには、ノーズ回りが軽量な4気筒ユニットの方がむしろ相応しい。
そういったパフォーマンスを持ち合わせていながら、気負わずさらりと乗れるカジュアルさもあるのが新しいマスタングの美点だ。
後席は大人もきちんと座れて荷物も放り込める使い勝手が確保されており、充分な容量のトランクと合わせれば日々の用途にも不足は感じないだろう。街中で多用する低回転域でも充分にレスポンスしてくれるのは、エコブーストのトルク特性に加えて10速化されたATの効果も大きそうだ。
そこにいつでも気軽に盛大に開け放てる屋根が加われば冴えない日でも気分があがる。4シーターオープンは2シーターものと違って力みなく景色に溶け込むのがいい。
たとえハワイのレンタカーのようだと言われても、そのイメージさえハッピーではないか。うちの車庫にはいつでも行けるハワイがある。その満足が得られるというのなら、確かにV8は二の次でもいいのかもしれない。
渡辺敏史(ワタナベトシフミ)/自動車ライター
1967年生まれ。企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)にて二・四輪誌編集に携わった後、フリーの自動車ライターに。現在は専門誌及びウェブサイト、一般誌等に自動車の記事を寄稿している。近著に、05年~13年まで週刊文春にて連載した内容をまとめた「カーなべ」(上下巻)がある。