第64回目はフリーライターの「本間薫」さんにご登場いただきました。
文/プロスタッフ写真/内藤 敬仁
フォード・マスタングの豪華な姉妹車として知られるマーキュリー・クーガー。もともとクーガーの名前はマスタング誕生以前から存在しており、最初は1950年代にサンダーバードを富裕層に人気の高かったメルセデス・ベンツ300SLレベルへ引き上げるべく企画されたコンセプト・モデルの名前として登場、それは1960年代に入ると今度はシェルビー・コブラをベースとしたクーガーIIへと進化を遂げるものの、残念ながら1967年までプロダクション・モデルとして日の目を見ることはなかった。
ちなみに、この2台のコンセプト・モデルとプロダクション・モデルの共通点はヘッドライトが隠されていることで、オリジナル・クーガーはコンシールド・ヘッドライト、クーガーIIはポップアップ・ヘッドライトを採用している。
実はマスタングの開発時にもクーガーの名前は候補として上がってはいたが採用は見送られ、結果的に軽快なスポーティ・モデルに爽やかな草原を連想させる小型の野生馬、そのアップスケール・モデルに妖艶さも想起させる大型の山猫の名前が与えられたことは、それぞれのイメージに非常に良くマッチしている。
実際、マスタングとクーガーは多くのコンポーネンツを共有しながらも、そのキャラクターは野生馬と山猫ほども違う。というのもクーガーは単純なマスタングのバッジ・エンジニアリング・モデルではなく、ボディ・サイズからして7inも長い。その延長分の大半は流麗なスタイリングを実現するための長いフードに割り振られるが、ホイールベースも3inほど伸ばされてスタビリティの高いハンドリングを誇り、これは同時にリアシートの居住性の向上にも貢献している。
しかし、だからといってクーガーがスポーティさに欠けるということはなく、1967年のデビューイヤーにSCCAトランザム・シリーズにマスタングとともに参戦したクーガーは初戦からフロントローを獲得すると、最終戦までにマスタングと4勝同士でトップに並ぶという活躍を見せた。
それでいて装備は豪華にされており、マスタングではパワーユニットのスタンダードは直6ユニットだったが、クーガーはV8ユニットのみのラインナップ。ヘッドライトはグリルと統一されるバキューム作動のドアで隠され、リアにはウィンカー作動時に内から外へと順番に光るシーケンシャル・テールライトを採用。サスペンションはスタンダードではマスタングよりもソフトに設定され、ロングホイールベースと相まって快適な乗り心地を実現していた。
なお、コンシールド・ヘッドライトとシーケンシャル・テールライトは、より大型のパーソナル・ラグジュアリー・クーペである同年モデルのサンダーバードと同じロジックで、クーガーがタキシードを纏ったマスタングなどと評される所以である。
このグリーシャン・ゴールドのクーガーは1968年モデルとなっており、1968年モデルにはまだコンバーチブルは用意されておらず、またクーガーはマスタングと異なり一貫してファストバックもラインナップされなかったので、ボディスタイルはこのハードトップ・クーペのみとなる。
トリムレベルはスタンダードとウッドグレイン・インストルメントパネルやレザートリムド・バイナルシートなどが装備されるアッパートリムのXR-7、2トーン・ペイントやフードスクープを装備したXR-7S、レースで活躍したダン・ガーニーのイニシャルを冠しサンルーフやエンジン・ドレスアップキットなどを装着したXR-7Gを揃えていた。
またオプションではスタンダードの302cidユニットに換えて390cidユニットを搭載しパフォーマンス・ハンドリング・パッケージなどを装備するGTエクイップメント・パッケージ、さらに強力なシェルビー・コブラにも搭載された427cidサイドオイラー・ユニットやビッグバルブの装備に排気ポートが拡大された428cidコブラジェット・ユニットを搭載するGT-Eパッケージを用意。それぞれのパワーユニットの出力は、302cidユニットの2バレル仕様が最高出力210hp/最大トルク295lbft、4バレル仕様は最高出力230hp/最大トルク310lbft、390cidユニットの2バレル仕様が最高出力280hp/最大トルク403lbft、4バレル仕様は最高出力325hp/最大トルク427lbft、427cidユニットは最高出力390hp/最大トルク460lbft、428cidユニットは最高出力335hp/最大トルク440lbftとなる。
ショールームで対面を果たしたクーガーは、グリーシャン・ゴールドのボディカラーにブラックのバイナルトップというコンビネーションもあって、とてもスリークでシックに見え、発売当時はマスタングよりもさらにオーナーの女性比率が高かったというのも頷ける。恐らくはリペイントされトップも張り替えられているのだろう、ザ・キャットの愛称に相応しく艶やかだ。
この個体はレストアこそされていないもののメンテナンスは充分に受けていたようで、302cidユニットは綺麗にアイドリングを続け、エンジンベイを覗けばラジエターキャップやホースにクランプ、エアコンディショナーのコンプレッサーやスターター・ソレノイドは換えられ、インテークマニフォールドやウォータネックがペイントされてフードのインシュレーターも残されているので、前オーナーは並々ならぬ愛情を注いでいたに違いない。
バキューム作動のヘッドライト・ドアも問題なく開閉すれば、リアのシーケンシャル・テールランプはICコントロールのLEDに換えられ、ホイールもオリジナル・テイストの15inアロイとされているので、普通に走らせていたのではないだろうか。
このくらいのコンディションのマスタングは、もうこんな値段では手に入らないのでお買い得といって差し支えないはず。このままのコンディションをキープして週末に楽しむのもよし、イグニッション系を強化してデイリードライバーにするもよし、外装品に大きな問題がないのでコンクール・コンディションだって目指せるだろう。新しくオーナーとなる方にはどうか、このレアなネコとの暮らしを末長く幸せに楽しんで欲しい。
本間 薫(フリーランス)
1968年 東京生まれ
3歳の頃に父親が購入した1971年モデルのマーキュリー・クーガーの影響を受け、アメリカの音楽や映画、TVドラマに夢中になる。1991年よりタイヤメーカー勤務、レース用タイヤの開発に携わる。1997年にフリーランスへ転身、自動車専門誌の他、釣り専門誌やライフスタイル誌などに寄稿。形見となった父親のクーガーを現在も所有し、自らの手で3年半を掛けてオーバーホール、日常の足として使用している