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BUBUがお届けする連載企画 “ナレッジ” | Showcase.33 「シボレー・コルベット & 島下泰久」

BUBUがお届けする連載企画 “ナレッジ” | Showcase.33 「シボレー・コルベット & 島下泰久」

第33回目はモータージャーナリストの「島下泰久」さんにご登場いただきました。

文/プロスタッフ写真/小林 邦寿

子供の頃のコルベットのイメージは圧倒的にC3

実はコルベットに憧れたことは、これまでほとんどない。じゃあ、なんでお前そこで語ってんだよって言われそうだが、まあ最後まで読んでください。

自分の中でのコルベットのイメージと言えば、圧倒的にC3である。スーパーカーブームが終わりかけた幼少の頃にクルマに魅了された私にとって、そこに居たコルベットがC3だったからという単純な理由だが、率直に言うと、当時から大げさなほどのスタイリングには、たまに街で見かけるそれが塗装のサーフェイスも荒れたような個体が多かったことも重なって、何だか大味という印象しか抱いていなかった。今は、むしろそこが好きだったりするけれど…。

また、V型8気筒OHVユニットの音も、排ガス規制後ということで「たったこれだけ?」だったスペック上のパワーも、3速ATを組み合わせる内容も、まったく刺さらなかった。当時は日本車のスペックが向上してきていた時期だったこともあり、乗ったこともないのに「アメリカのスポーツカーなんて所詮は……」と、当時の子どもだった私は思っていたわけだ。

車両イメージシボレー・コルベット (C3)

新車で初めて乗ったC5コルベットは衝撃だった

そんな私がいつしか大人になってこの仕事をするようになって、新車で初めて乗ったコルベットはC5だった。そしてお察しの通り、カルチャーショックにも似た感慨を抱くことになる。「コルベットって、こんなにちゃんとしてるの? こんなに、イイの?」と…。

正直、自分が子どもの頃から憧れ、そして仕事を通じて触れる機会が増え、そして実際に手に入れることになるポルシェが基準となっていた、自分のスポーツカー観。コルベットが、その良しとする範疇に入ってきたのは驚きだった。

更に、続くC6では完全にノックアウトされることになる。特に鮮烈だったのはZ06。初めてコルベットに「コレ、欲しい…」という気持ちが湧き上がったのである。

但し、それは私自身の許容範囲、あるいは愛せる範囲が広がったのも多少はあるが、多くを占めるのはクルマの側が私の好む方に寄ってきたからだと見るべきだろう。まさにC5の時代からコルベットレーシングが復活し、ALMS(アメリカン・ル・マン・シリーズ)や、本家ル・マン24時間レースなどに参戦を開始するなど、グローバル基準のスポーツカーへと発展していく。市販車にも波及してきていたその変化、進化があってこそ、魅かれるようになったのは事実だ。

車両イメージ最新のコルベットであるC8は素晴らしいスポーツカー

そして、いよいよ2013年にC7が発表されるのだが、それよりまずは最新のコルベットであるC8の話をしてしまおう。実は日本導入に先立ち、2月にアメリカでそのステアリングを握ってきた。

皆さんご存知の通り、新型コルベットは長年継承してきたFRレイアウトに訣別して、ミッドシップスポーツへと姿を変えた。まさにC5以降のグローバル基準のスポーツカーとしての変遷、モータースポーツという大きな軸足を考えれば、驚きこそすれ十分納得もできる変化である。
 

そして実際、新型コルベットは、掛け値なしに素晴らしいスポーツカーへと進化を遂げていた。走らせたのはラスベガス市街地から郊外への一般道、更にはサーキットという舞台だ。

トランスアクスルレイアウトを採用していたC5以降のモデルも、優れた前後バランスによって俊敏なフットワークを実現していたが、ミッドシップはやはりトラクション性能の高さで上を行く。ベースグレードで495hp、637Nmにまで達した高出力にも関わらず、思い切りアクセルを踏み込めるし、後輪は地面を掻きむしるようなことなく、クルマを確実に前に進めていく。これは将来、Z06やZR1といった高性能モデルが登場した時には、ますます大きなアドバンテージになると確信した。

それこそポルシェ911などとも真剣に迷えるリアルスポーツカーに進化した。それがC8に対する率直な評価だ。けれどラスベガスの街中で、沙漠の中で、サーキットでその姿を眺めながら、同時に心のどこかで寂しさのような感情が芽生えているのにも気づいてしまった。特になかったつもりの思い入れが、いつの間にか芽生えていたのだ、自分でも意外なことに。

車両イメージシボレー・コルベット (C8)

最新のC8の後にC7の最終モデルに乗ってみたら

ずいぶん長い前置きになったが、そんなタイミングで今回乗ることができたのが、C7の最終型となる2019年式のコルベット グランスポーツ クーペ。ファンの方ならご存知の通り、前285、後335サイズのファットなタイヤと、それに合わせたシャシー、サスペンションなどをZ06と共通のものへとアップグレードする一方、パワートレインは標準の最高出力466hpを発生するV型8気筒OHV「LT1」ユニットを搭載するモデルである。

対面した時にはちょうどクルマを真横から見るかたちになっていたから、ひと目で典型的なロングノーズ・ショートデッキのプロポーションに「やっぱりコルベットらしいよね」なんて、つい口をついて出てしまった。適当なものである、本当に。しかもクルマに近づいていけば、ベースモデルよりも90mmもワイド化されたボディと、ファットなサイズのタイヤが凄まじいオーラを放っている。誰がどう見ても只者じゃない。

実際に乗り込んでも、コルベット グランスポーツはやはりそれなりの緊張を強いてきた。ガラス越しのノーズは先端がどこか分からないほど長く、しかも平べったい。1970mmの全幅は日本の交通環境では、やはり持て余す。実は全長だけならC8の方が長いくらいだし、全幅だってそれほど変わらないのだが、C8はノーズが短くスカットルが低いこと、そしてドライバーが車体の中央近くに座っていることなどもあって、いわゆる取り回しについては断然フレンドリーに感じさせるのだ。C7をスマートに乗りこなすには、慣れが要る。違った言い方をすれば、C7の方が特別なクルマに乗っているという気分、強く感じさせるのである。

車両イメージシボレー・コルベット (C7)

街中で、少しだけ走りを味見させてもらうこともできた。交差点ですらも、ステアリングを切り込めば視界の先で長いノーズが向きを変え、低い重心、ワイド化されたトレッドが相まって、水平移動するかのように曲がっていくのが体感できて、思わず頬が緩む。サスペンションはもちろん柔らかくはないが、動き出しからしっかりと減衰力が出ていて、案外快適だ。

そして、右足に力を込めれば自分の前に積まれたエンジンがOHV特有の唸りを上げながら、大排気量自然吸気らしいナタで断ち切るような重みをもった吹け上がりを見せる。一方、後方からは豪快なエグゾーストノートが響いてきて、つまりドライバーズシートは前後からの音の波に包まれる。これもまた快感である。

こうしてアクセルを入れていっても、一般道の速度域ならトラクションに不足を感じるようなことはなく、リアから気持ち良く蹴り出してくる絶妙なバランスの旋回性を満喫できる。良く出来たFRスポーツの醍醐味を、低い速度でも存分に堪能できるというわけだ。

車両イメージ良く出来たFRスポーツの醍醐味を、低い速度でも存分に堪能できる

コルベットらしさが濃密なのはC7だと思うが…

正直に言うならば、サーキットで真剣にマシンコントロールを楽しみたいと考えたなら、それでもやはりC8を選ぶべきだろうと思う。いくらトランスアクスルレイアウトを採っているC7でも、後輪荷重の大きさから来る絶対的なトラクションは、ミッドシップには叶わない。
 
先に記したように、より高出力な仕様ならば、その差は更に大きくなるだろう。C8には、それこそ最新のポルシェ911だけでなく、ミッドシップV8のフェラーリにも比肩できるだけのパフォーマンスがあると断言できる。

でも普段使いの伴侶とするならば、C7で何の不足があるだろうか……というか、味わい深いのは、それも私のように熱心なファンだったわけではないはずの者にすら染み付いているコルベットらしさが濃密なのは、むしろこちらだろう。そう思ったのも、紛れもない事実である。

更に言えば、C7は佇まいが実にいい。これぞFRというプロポーションだけでなく、デザインも無駄なく洗練され、オトナっぽい。これを見た後だと、C8はちょっと子どもっぽい感じもしなくはない。

C8に乗って大満足しながらも何となく引っかかっていたことが、それほど間を置くことなくC7に乗って確信に変わった。さて、乗るならどちらか…。幸い、今ならC8を待つのもいいし、こうして程度の良いC7だって選べる。自分にとってコルベットとは一体何なのか、じっくり向き合って考えて、最良の1台を選び出せるという、とても贅沢なタイミングがまさに今なのだ。

車両イメージ

【プロフィール】

島下泰久 Yasuhisa Shimashita

1972年6月4日 神奈川県相模原市出身

大学在学中から自動車雑誌の編集に携わるようになり、編集部契約スタッフを経て、1996年(平成8年)よりフリーランスの自動車評論家となる。現在は、雑誌やウェブサイトなどへ寄稿するほか、テレビ、ラジオへの出演や講演も行なっている。『間違いだらけのクルマ選び』共著者でもある。

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自動車に限らず、幅広い分野からジャーナリストや著名人をお招きして自動車を中心に様々な角度から
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今後も多数展開いたしますので、お楽しみに!毎月配信。

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