いよいよアメリカでもデリバリーが開始されたC8コルベット。さる2月に国際試乗会で乗ったそれは悲願の、そして初めてのミッドシップとは思えないくらい柔軟で懐深く、誰もが安心してサーキットスピードのドライビングを楽しめるモデルに仕上がっていた。
とはいえ、ミッドシップのスポーツモデルは現在の市場において格別に個性的な存在ではない。多くの人にとっての興味は、果たしてそれを選んだC8がコルベットを名乗るに相応しいものなのかということだろう。
これについては僕も相応の覚悟のもとに対面したが、実物に触れてみて、なんだかんだでこれはコルベットだわと思うに至った。
その理由はパフォーマンスを犠牲にせず、きちんと積載力を確保しているところや乗り心地が整えられていること、55〜65マイルくらいの速度を延々保ち続けることが苦行ではないこと・・・など、すなわちGT的な性能がきちんと確保されている点。
座ってみると眼前に広がるのはフェンダーの峰がくっきりと際立った思いのほかコルベットらしい景色という点。そしてエンジンスタートと共にキャビンに響き渡るのが、フェラーリでもマクラーレンでもない、まごうかたなきスモールブロックV8のサウンドという点にある。
但し、その唸りが聞こえてくる場所は前ではなくて後ろ、まったく逆だ。僕らはフロントに大排気量V8を収めたロングノーズのプロポーションこそがコルベットのスタイルだと信じて疑わずにクルマ人生を送ってきたわけで、そうでないものを掌を返すように肯定するのは宗旨替えに等しい話ではないかという、もやもやした気持ちは僕にもある。
そんな折に、まるで思い出づくりのようにC7コルベットに乗る機会をいただいた。昨秋に自分なりにこれが〆だなぁと思った某媒体での仕事から、半年余の再会である。車両はあの時と同じグランスポーツ。でもこちらは光岡自動車が創業50周年を記念して作った限定販売車で、GMジャパン経由で別注したという希少な個体だ。
どことなくドイツ車を思い起こすような、ど真ん中の銀。異論はたっぷりあるだろうけど、そのボディカラーはコルベットのグラマラスなシェイプをこれでもかと際立てる鉄板色ではないだろうか。個人的にはかれこれ10年以上、銀のC6Z06の中古車を追い続けては自動車税に恐れをなして見逃してきたがゆえ、ついその面影をこのC7に重ねてしまう。
C7はC7で、発売当初にはそれなりの賛否を巻き起こしている。トランスアクスルのミッションやリアデフのクーリングチャンネル確保というレース的な要件で、伝統的なラウンドガラスや丸いテールランプといったディテールはダクトのために成立しなくなった。そこまでシビアな速さを望まないというファンも相当多いだろう。
しかしコルベットにとってレース活動はパフォーマンスの面だけでなくマーケティングの面でも重要度は高く、ことC5世代からはル・マン常勝の戦績が欧州での販売の飛躍的増加に繋がってきた。世界の檜舞台でポルシェやフェラーリを圧するその姿はもちろんアメリカのファンにも伝わっていることだろう。
何よりC7は、C6からの性能的な飛躍は誰の目にも明らかだった。計測や記録の技術が進化したこともあって、今日のスポーツカーは可視化されたパフォーマンスが販売の重要な側面にある。C7はその狭間で精一杯、旧来からのコルベットのスタイルを守りながら世界と対峙し続け、そしてトラクションの限界を悟ってC8へとバトンを渡したわけだ。
今回の試乗車のベースとなっているのはグランスポーツだ。Z06のジオメトリーやエアロダイナミクスを継承しながら、パワートレインはZ51と同等というその成り立ちは、コルベットにおいては究極のハンドリンググレード、あるいは踏んで楽しめるモデルと位置づけられるだろう。
運転席に座り、フェンダーの両峰がくっきりと立った前方の眺めに迎えられながらスタートボタンを押すと響き渡るのはズシンと重いOHV・V8のサウンドだ。もうこの瞬間、他の何とも違うコルベットの世界に引き込まれる。
同質の世界観をC8も持っていることは本当に幸いだが、厳密にいえばやはり前に抱えるか後ろに背負うかの違いはあって、個人的な気持ちとしてはやはり眼前にそれがどんと据わっている方に未練は残っている。
466ps&630Nmの力感は存分にスポーツカーらしさを感じさせてくれるだけでなく、自然吸気らしい伸びやかな加速感に、野太い排気音やメカメカしいサウンドが入り交じる、そのライブ感が心地よい。このパワーをガチッと御するシャシーの頼もしさはやはりナローボディとは異なるグランスポーツの魅力だ。
回頭性は素早くも素直で、ステアリングの中立付近は僅かに緩めだけどそこからじわっと綺麗にゲインが立ち上がる。後輪に駆動力をじわじわと伝えてブレークのタイミングを伺うような繊細な格闘にも応じてくれるスロットルは、延々と1000rpmちょいを保持するような巡航域でも支えやすい踏み応えを持っている。サーキットスペックありきで設計されてもなおGTの心は忘れないという、これはコルベットの良識だ。
スペックやディテールにおいてあらかたの伝統を踏襲してきただけでなく、その精神性もしっかりと受け継ぎ、C8へとバトンを渡した。C7はいち時代の頂点としてコルベットファンの記憶に残ることになるだろう。
渡辺敏史(ワタナベトシフミ)/自動車ライター
1967年生まれ。企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)にて二・四輪誌編集に携わった後、フリーの自動車ライターに。現在は専門誌及びウェブサイト、一般誌等に自動車の記事を寄稿している。近著に、05年~13年まで週刊文春にて連載した内容をまとめた「カーなべ」(上下巻)がある。
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