子供の頃、父のクルマで出かけるとき、後席からずっと隣の車線を走るクルマを見ていた。
幼かったので、すべてのクルマをきちんと正確に見分けていたわけではないが、ボクが好きだったのは、とにかく圧倒的な大きさを誇るキャデラックとリンカーンだった。
当時のほとんどのアメリカンブランドは、圧倒的な規模の自動車市場を有する自国での販売だけでビジネスが十分に成り立ったため、自国に向けた独自の進化を果たし、大きくそして独特なスタイルとなっていた。その大きくて独特なスタイルが、幼かったボクの目を釘付けにしていたのだ。
おそらく、ボクと同世代の人たちは、少なからず同じような原体験をしていることと思う。だからキャデラックは日本でも、代表的な輸入車ブランドのひとつとして広く認識されている。
しかし、キャデラックは本来、自国市場を狙ったドメスティックなブランドとして発展しており、グローバル化を本格的に目指したのは1990年代に入ってからだ。
そんなキャデラックのグローバル化が、近頃は完全に果たされたように感じられる。そして今回、今年から正規輸入が開始されたキャデラックCT5とXT4に試乗してみて、その思いは確信に変わった。
余談になるが、今回は 「BUBU MITSUOKAつくばショールーム」にてキャデラックCT5とXT4に同時に試乗したのだが、お店の方から「時間は気にせず、納得がいくまでしっかり乗ってみてください」と言っていただいたのは幸運だった。
ここだけの話、自動車メーカーが主催する新型車の試乗会は、様々なメディアが参加するために、媒体ごとに割り当てられる取材時間は限られている。ほとんど場合、わずか1、2時間の間に様々な取材を行わなければいけないので、大体は写真撮影をするだけで手いっぱい。試乗会と銘打ってはいても、実際に試乗する時間なんてほとんど取れないのが現状なのである(笑)。
今回は2台の新型キャデラックに試乗したのだが、先に乗ったのはCT5だ。
いまとなっては冗談のような事実だが、その昔、キャデラックのブランドを保有するGMが世界一の自動車メーカーだった頃(1931年から2007年まで77年連続で販売台数世界一を記録!?)、同じく傘下にあったオペルのオメガをベースに作り上げたキャデラック・カテラと、その後継モデルであるCTSを起源とするのがCT5だ。
カスタマーの高齢化に悩むキャデラックが、若者を取り込むための起死回生の策として打ち出した小型FRセダンがCTSであり、その末裔となるのがCT5という事になる。
今回、じっくり試乗してみて改めて実感したのだが、CT5のクルマとしてのデキは上々、というかかなりいい。
先にCT5のことを小型FRセダンの末裔と称したが、実はCT5が属するカテゴリーはメルセデス・ベンツEクラスやBMW 5シリーズなどのライバルがひしめくEセグメントである。あくまでも1950~1970年代の隆盛を極めた頃のキャデラックに比べて小さいというだけであって、日本的な感覚からすると十分に立派な体躯だ。
CT5には、世界でもトレンドのひとつとなっているクーペ調の、ルーフがテールエンドに向かってなだらかな曲線を描くエレガントなファストバックスタイルが与えられている。ただ、一般的なファストバックスタイルのクルマが、客室と荷室をひとつのボックスとしているのに対し、CT5はきちんとエンジンルーム、客室、荷室と3ボックス構造をとっているのが特徴となる。これにより、快適性や静粛性は、高級車であるキャデラックの名に恥じないものとなっている。
イマドキのプレミアムセダンらしい外観を持つCT5だが、乗り込んでも高級車という印象は変わらなかった。
巷にあふれるメタル調、カーボン調、レザー調といったフェイクではなく、それぞれの部分に本物の金属、本物のレザー、本物のカーボン素材が使用され、ディテールにもこだわりが行き届いている。非常に細かなことではあるが、これら本物の素材は、高級感のある空間作りには決して欠かすことのできないマテリアルだと思う。例えば手に触れるものが、メタル調のプラスチッキーな感触だった場合、そのがっかり感は大きい。その点キャデラックは乗員の期待を裏切ることがない。
昔のキャデラックであれば、高級素材をこれ見よがしにふんだんに使用して高級感を演出したであろうが、現在のキャデラックには過度な華やかさはないものの、その分シンプルさとシックさを突き詰めた洗練された美しさがあると感じた。
シートも、かつてのアメリカ車の大きくてふかふかなシートではなく、サイドボルスターがきちんと身体をホールドしてくれるスポーティなタイプで、小柄な日本人でも特異なポジションを強いられることもない。
ちなみにこのシートだが、ボディの周囲に張り巡らされたセンサーに反応があると、それをバイブレーションでドライバーに伝えてくれる。ステアリングホイールが振動するタイプは他メーカーにもあるが、その伝達手段をシートにしたことにより、障害物が前後左右のどこにあるかを直感的に判断できる。瞬時の判断が求められる運転中には非常にわかりやすい。その一方で駐車時などには反応しっぱなしになることもあり、少々うざく感じることもあるのだが……(笑)。
ファストバックスタイルを採用したことで気になるリアシートの居住性であるが、確かに頭上スペースに若干の窮屈さを感じる瞬間はあるものの、前後左右方向に余裕があるためにおおむね快適に過ごすことができそうだった。
走りだすとまず感じるのがそこそこにシャープなハンドリングと適度に固められた足まわり。かつてのアメリカ車のようなゆるゆるなステアリングフィールとふわふわなサスペンションによるクルーザー的な感覚はない。
個人的には、普通の4ドアセダンであればゆるふわなセッティングでもかまわないと思うが、日本車やドイツ車に馴染みのある日本人にとってはこっちの方がしっくりくるだろう。といってもその味付けはどちらかといえばラグジュアリーに振られているから、過度に快適性を損なうようなこともなく、キャラクターにもあっているように思う。
とはいえ試乗した普通のCT5(グレードはスポーツ)であっても十分にスポーティな走りは可能だ。ひとたびアクセルを床まで踏み込めば、最高出力240psの直4ターボが1500rpmという低回転から350Nmの最大トルクを発してそれを4輪に伝え(スポーツは4WDであり、ドライブモードによって前後駆動力配分を変更する)、また10速ATによる小刻みな変速もあいまってよどみなく加速する。ちなみにCT5はパドルによる任意のシフトチェンジも可能だが、ボクのレベルでは到底最適なギヤを瞬時に判断できるわけはなく、変速はクルマ任せでハンドリングに集中するほうがドライブを楽しめた。
正直なところ、普通の道を普通に、いやちょっとスポーティに走る分には、普通のCT5で十分だ。もしもよりクイックなハンドリングとガチガチに固められた足まわり、そして超絶パワーが好みであれば、遅れて導入されるであろうCT5-Vを待つべきだ。
とこのように、いまどきのスタイルと高級感、そして必要十分な運動性能を有するクルマとしてCT5を解説したわけだが、じつはCT5の最大の魅力はプライスだったりする。CT5はプラチナムが560万円でスポーツが620万円。同セグメントのライバル、例えばメルセデス・ベンツEクラス(794~1144万円)やBMW 5シリーズ(678~1389万円)よりも50万円以上も安い。圧倒的にコストパフォーマンスが高いという優位性は、国籍やプレミアム性を一笑に付すだけの破壊力を持っていると思う。
藤田実寿(フジタ ミトシ)/自動車雑誌編集者
大学を卒業して出版社に就職。以来、アメリカ車専門誌(デイトナ)→輸入車中古車情報誌(Uチョイス)→イタ・フラ系自動車誌(ティーポ)→趣味系webサイト(ホビダス)→スーパーカー専門誌(ロッソ)→高級ライフスタイル男性誌(GG→マデュロ)と数多の編集部を渡り歩き、現在は新車系情報誌(CARトップ)の編集部に在籍する雑食系自動車雑誌専門編集者。
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