1989年。当時19歳だった私はひとつの選択を迫られていた。’69カマロにするか、’72チャレンジャーにするかだ。月額ハチナラビ(88,888円)から源泉を引かれて手取り8万円のアルバイト代で、毎月7万円を貯金に回した頭金で購入する、人生初の愛車である。500mlの牛乳パックだけを昼食に、2年間を凌いだ集大成である。失敗は許されない。それと同時に夢も膨らんだ。幸せな二択だった。
結局私はシボレー・カマロを購入した。当時の日本ではなぜかシボレーの人気がダントツに高かったからだ。アストロ、カプリス、カマロ、タホ、C1500、etc……。アメ車=シボレーという意識が浸透していて、多くのショップが取り扱う安心感もあった。一方ダッジはこだわりのブランド。一部のコアな専門店ではモパーだヘミだシックスパックだなどと聞き慣れないフレーズが飛び交い、まだ若かった私は敷居の高さに腰を引いてしまったのである。ただし、以来、チャレンジャーには、ずっと好きだったけど言い出せずに中学で離ればなれになってしまった幼なじみの女の子、みたいな淡い恋心を残したままだ。
時は流れて2000年代中期。アメ車界に突如として『原点回帰』のムーブメントが巻き起こる。火ぶたを切ったのは2005年のフォード・マスタング。デザインの方向性を一新し、’60年代の1st.ジェネレーションをモチーフとしたレトロモダンを打ち出してきたのだ。
これに続き翌2006年のデトロイト・オートショーではシボレーとダッジが共にコンセプトカーを発表、懐かしくて新しいカマロとチャレンジャーが登場することとなる。マスタング、カマロ、チャレンジャー、各ブランドを代表する往年のマッスルカーが出揃ったわけだ。
不思議なもので、約30年の時を経て復活した3台は、性質もイメージも30年前のそれを引き継いでいた。例えば初代マスタングは、スポーティでコンパクトでエレガントなイメージを武器に女性層の取り込みに成功したが、同じように私が暮らすロサンゼルスでは現行マスタングを駆る女性は多い。
また、イマドキこのような場所でジェンダーに関する話をすると神経を尖らせる人が居るかも知れないが、事実としてお伝えすれば、アメリカにおけるチャレンジャーはやっぱりオトコくさいクルマなのだ。言い方を変えるなら、クルマにこだわる連中が好む1台、なのである。デビューから13年、モデルチェンジのスパンを考えればかなり末期のはずなのに未だ衰えない人気は、そんな彼らが支えている。
チャレンジャーの人気の秘訣をひと言で表すなら、『唯一無二の存在感』となろう。ライバルのマスタングとカマロがマイナーチェンジを繰り返す度に、当初打ち出した原点回帰の路線から徐々に道をそらす中、チャレンジャーだけは初志を貫いている。MINIにも共通することだが、今も昔も変わらないあのカタチこそがみんなの好きなチャレンジャーなのだ。事実、「大幅なモデルチェンジを加えないことにチャレンジャーの勝機がある」とするアメリカのモータージャーナリストは少なくない。
久しぶりに帰国した今回、20年来の業界仲間の紹介で、BUBU横浜店でチャレンジャーの試乗をすることになった。試乗といってもお店の周りをほんのひとまわりするだけだ。性能を限界まで引き出すとか、高速でのハンドリングがどうのというハナシではない。あくまでも街乗りベースでの試乗。その代わり好きなモデルを選んでいいと言う。
チャレンジャーには現在、9つのパッケージが用意されている。エンジンバリエーションだけでも4種類(V6・3.6ℓ、V8・5.7ℓヘミ、V8・6.4ℓSRTヘミ、V8・6.2ℓSRTスーパーチャージャー・ヘミ)と豊富だ。その中で今回私がチョイスしたのは2019年型のR/Tスキャットパックだった。搭載エンジンは485馬力を発揮するV8・6.4ℓSRTヘミ、組み合わされるトランスミッションは8速ATである。
‘69カマロを購入してから32年。アメ車雑誌の編集者を経て、好きが高じてアメリカに移住、これまでに何台ものアメ車を乗り継いできた。そこから導き出された私の理想が、このパッケージなのだ。
血気盛んな若い頃は「マニュアルでなければクルマにあらず」と鼻息荒く、例の’69カマロも4速MTを購入したものだ。しかし数を乗るうちに気付くのである。なぜアメ車が1950年代の古くからAT主体であり続けるのかと。決してアメリカ人が面倒くさがりだからではない。トルクフルな大排気量V8にはATが最もマッチする変速機だからだ。走り易い、スムース、運転していて心地良い。V8アメリカンのフィーリングを五感で味わいたいのなら、私は断然ATをオススメする。
そしてエンジンはNAにこだわりたい。アメ車におけるスーパーチャージャーの狂気的なパワーは伝統芸、ある種の醍醐味であると分かってはいるが、NA・OHV・V8のシルキーな回転上昇は別格。GMのLSモーターしかり、クライスラーのHEMIしかり。一度乗ったら病みつきである。
そうそう、ATの良さを力説はしたものの、近頃はむしろアメ車+MTの組み合わせも大いにアリだと思っている。フェラーリ、ポルシェ、ランボルギーニ、etc.… 今やスーパーカーですら2ペダルの時代。スティックシフトを操作してFRを飼い慣らす、そんな旧き良き自動車本来の楽しみ方が出来る数少ない存在がチャレンジャーなのだ。
BUBU横浜のある緑区の市街地を抜けて国道16号へ。そのまま保土ケ谷バイバスを新桜ヶ丘でUターン。約40分の短い試乗だった。欲を言えば東名高速を流してみたかったが、今回は新型コロナウイルスの事もあるし、撮影の時間もある。取材時間に制限があるのは仕方ない。しかし、一般道中心でもR/Tスキャットパックのフィーリングは十分に堪能できた。
少しだけ大柄なボディも485馬力エンジンの前では軽く感じる。そしてこの485馬力、数字だけで見ると大きいが、NAエンジンゆえに無理感がなく、日常での使用に違和感を与えないのがいい。まさにここが大切。街乗りを中心とした普段使いで重要な要素は、楽しいこと、気持ちいいこと、苦にならないこと、飽きないこと。これら全てを高次元でクリアしているのが、ダッジ・チャレンジャー・R/Tスキャットパックなのである。
いやぁ、いいなぁ。完全に気に入ってしまった。成熟した剛性感はヨーロピアンスポーツに引けを取らない。しなやかな足まわりはワインディングでも楽しめそうだ。
私の中で、かつて諦めたのとは全く別の、チャレンジャーに対する新しい恋心が芽生えたことを意識した。
林 剛直(ハヤシ タケナオ)/フォトグラファー・ライター・映像クリエーター
1970年生まれ。カリフォルニア州ロサンゼルス在住。自動車雑誌Tipo、デイトナ編集部を経て2000年に渡米、現在はアメリカのカルチャーを写真、執筆、映像を通して広く発信するマルチプレイヤーとして活動している。
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