未来はどっちへ転ぶかわからない。いつまでガソリンを燃やして、喜んでいられるのだろうか。EVやハイブリッドカーを転がすのもいい。いち早く時流に乗ったかのようにカーシェアやサブスクを利用すれば、さらに賢くヘルシーな生活を送ることができるかもしれない。でも、許されるのなら、僕はまだこんなモンスターと日々を過ごしたい。
ダッジ・チャージャーSRTヘルキャット。名前を聞くだけでハイカロリーで、見るからに熱血硬派系の香りがプンプンする。チャージャーといっても決して充電器じゃない。むしろそれとは対極の存在。1960年代から脈々と続いてきた、アメリカを代表するマッスルカーのひとつだ。
2015年にフェイスリフトを伴う年次改良で、チャージャーにSRTヘルキャットが登場した。もともと充分過ぎるほどパワフルなヤツだったのに、マッスルカーという唯我独尊の世界を突き詰めた結果として、6.2ℓV8 HEMIにはスーパーチャージャーが添えられて、最高出力にして707hpという異次元の境地へと到達した。さすがにここまでくると、はっきりいって意味がわからない。当時のバイパーやコルベットなど、アメリカン・スポーツカーもあっさりと凌駕してしまった。出力性能がレギュレーションできっちり規定されるレーシングカーよりもパワフルである。
お財布の中身と免許の点数にゆとりがあって、かつネット上のクレーマーたちからの容赦ない罵詈雑言を涼しい顔で流す覚悟があれば、いつ何時も異次元の加速感を楽しみ、シャシー性能に対して完全にエンジンが勝っている破綻しかかったパッケージを振り回せる。非社会的な速度域での巡航だって容易にできるのだろう。
でも、そんなことのできない小心者である。薄氷を踏む気持ちで、そろりとアクセルを踏んで巡行する。
気持ちがいい。ずっしりと重量感のあるボディを怒涛のチカラで引っ張ってくれる片鱗を感じながら、アメリカンV8らしい音と鼓動と、右足の力加減によってわずかに届くスーパーチャージャーの高周波に包まれて街を流す。エンジンの重量感を伝えてくる手応えのステアリングと、レザー×アルカンターラのシートもその雰囲気に見合っている。ただそれだけで、満足できることを知る。
やっぱり排気量は正義だ。効率論ではくくれない快楽が、間違いなくそこにはある。ピークパワーやラップタイムだけでは推し量れない。広大なアメリカ大陸をただひたすら巡航する文化のなかで醸成された、一種の伝統芸を感じる。そしてそれは、狭苦しい日本でも濃密に味わえるものだった。
ドアが上に跳ね上がるようなスーパーカーではなく、いかにもアメリカンマッスルカーを前面に訴えてくる2ドアクーペでもなく、あくまで4ドアセダンというパッケージであるところにも惹かれた。よりわかりやすいマッスル感を求めるのなら、2ドアクーペにして初代を彷彿とさせるリバイバルデザインをまとうダッジ・チャレンジャーになるのだろう。だけど、チャージャーは持ち前の腕力をひけらかすことなく、筋肉質なボディに上質なジャケットを羽織ったような雰囲気こそが魅力なのかと思う。全身が黒ずくめながらも、正体不明の黒塗りサルーンよりも健康的にスポーティーで、これならギリギリ社会性を保つことだってできそうだ。
現在はこの4ドアをワイドボディへと改め、最高出力797hpにまで高めたSRTヘルキャット・レッドアイまでが存在する。2022年はさらにジェイルブレイクという807hp版も出るようだ。
しかし、個人的にはオーバーフェンダーのないことで端正さを保つSRTヘルキャットの雰囲気が好き。チャレンジャーなら究極的に突き詰めたモデルに惹かれるけれど、チャージャーは「クールな顔していざとなれば速い」感覚を内包しながら、普段から使い倒すのがいい。707hpが797hp(807hp)になったところで、街中ではその違いなどわからないだろうし。
なお、SRTヘルキャットの出力性能を引き出したいのなら、赤いエンジンキーを使ってエンジンを目覚めさせる必要がある。もうひとつ用意される黒いエンジンキーはヴァレットモードに固定され、ピークパワーが500hpに制限されるからだ。出力性能だけではなく、サスペンションの設定や車体制御まで変わるようで、赤いキーでは、走行モード(トラック/スポーツ/ストリート)が選択できるようにもなる。
ヴァレット(ヴァレー)パーキングという言葉に代表されるように、ヴァレット(Valet)は「召使い、執事」の意味を持つ。仕事での移動は、黒いキーを預けた専属スタッフに運転を任せて、自分は意外とくつろげる後席で仕事に勤しみ、プライベートでは自分自身が赤いキーを握って出力性能を楽しむ。そんな使い方だろうか。リアルにキーを使い分けている人がいるのかはわからないけれど、少なくともそういう暮らしをしてみたい気持ちにはさせられる。
この個体に提示された価格は(たったの)898万円だった。ここまでの性能を欧州製ハイエンドカーに求めたとしたら、ひと声2000万円台というのが珍しくない。相変わらずアメリカ車の「費用 対 性能」は抜群だ。
しかもこの個体、2015年式ながらも走行距離わずか5000kmで、過去の履歴が明確にして1オーナーモノという奇跡のような1台である。内外装のどこを見渡しても経年劣化した雰囲気はまるでなく、新車の色艶を保っていた。「中古車に掘り出し物はない」という常套句を前にしても「掘り出し物」と言いたくなるクルマが、これを販売するBUBU横浜をはじめとしたBUBUグループからは出てくるのだと再確認する。
ダッジ・チャージャーとチャレンジャーは、2024年をもってついに生産終了することが決まった。残念、極まりない。こういう狂ったような出力性能を持つアメリカの伝統芸は生き長らえて欲しかった。でも、世界中の潮流と同じくアメリカ車も一気に電動化へ進んでいるから仕方がないと諦めるしかない。
来るべきEV時代にだって期待は持てるものの、それでも許されるうちは内燃機関でアメリカ車を味わいたい。今回、巡り会ったSRTヘルキャットの、あらゆるアピアランスや動的感触から訴えてくる過剰なまでの“熱量”を前にして、そんなことを考えた。いかにガソリン代が高くなっても、毎年の自動車税に苦悩しながらも、この絶滅危惧種を味わい尽くし、そして後世に残していくべきだ、と。取材のあと、地域最安値のセルフ・スタンドで1万円を軽く超えるガソリンのレシートを握りしめながら、そう思った。
中三川大地(ナカミガワダイチ)/モータージャーナリスト
1979年生まれ。明治大学理工学部卒。機械工学を学びながらも、本好きが高じてモノ書きの道へ。自動車雑誌の編集部員を経て25歳で独立。現在、モノ書き、ジャーナリストとして自動車専門誌や一般誌、Webなどで活動している。自動車技術やアフターパーツ、チューニングシーン、モータースポーツなどに注目し、今ではあらゆるカスタムカルチャーを、コラムだかポエムだかを含めてわかりやすい表現で世の中に伝えている。
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