51回目はレーシングドライバーの「木下隆之」さんが登場。レーシング ドライバーとしての感想はいかに。
文/プロスタッフ写真/内藤 敬仁
「レゴードモンツァに魅せられたらヤバいよ」
595コンペティツィオーネの試乗を翌日に控えたその日、僕の友人はニヤッと笑みを浮かべながらそう言った。
「どういう意味?」
「まあ、走らせてみればわかるさ」
独特のサウンドを奏でるエキゾーストシステムのことを「レコードモンツァ」と呼ばれていることは、すでに知っていた。だが、友人が意味深にそういう意味は理解できなかった。
だが、いざ試乗を開始すると、その言葉の意味を理解することになる。
これはもう、自己の満足の世界だと言っていい。己の世界にどっぷりと浸かり、包み込まれ、ひたすら快欲を味わうのが正解だろう。
他のどれと比較するとか、他人の目を気にすることがいかに無意味でナンセンスかを教えてくれる。自己完結型のスポーツコンパクトである。
595コンペティツィオーネはわずか1120kgのコンパクトギャングである。全長は3660mm、全幅は1625mm、全高は1505mmしかない。バスケットボールの選手のような長身の男だったら、ひょいっと抱えてしまえそうなほどコンパクトだ。力士がグイッと押せば、簡単に土俵を割ってしまいそうなほどにキュートだ。そんなミニマムな体躯でありながら、火傷しそうなほど熱く煮えたぎったスポーツ心が充満している。
搭載する直列4気筒DOHCインタークーラーターボは、ややトリッキーな出力特性である。最大トルク230Nmは2000rpmで頂を迎える。180psの最高出力は5500rpmでピークに達する。だが、その数値に騙されてはならない。極低回転域はけしてトルクフルではなく、回転計の針が3000rpmまで跳ね上がるのを待たないと、激烈な加速は得られないのである。
だが、フルパワーを叩きつけると世界は一変する。装着するミシュラン・パイロットスポーツ4Sは205/40R17であり、車高の低い595コンペティツィオーネにとってはフェンダーからはみ出しそうなほど太いにもかかわらず、クラッチペダルを蹴るような電撃シフトをかますと、時おり”ギャギャ”と鳴く。タイヤがトルクに耐えきれずにスキッドするのである。その瞬間に、心の温度が2度上がるようだ。
同時に、ステアリングを持つ手に反力が伝わってくる。前輪が進路を見放しそうになる瞬間、ドライバーはステアリングをギュッと握っていなければならない。小さなボディに過激なパワーユニットを搭載したベビーギャングは、危うく進路を見失いそうになるのだ。
それもそのはず、パワーウエイレシオは6.2kg/ps。1リッターあたり132psを炸裂させる高性能エンジンであり、0-100km/h加速はわずか6.7秒である。前輪が路面を激しく掻きむしり、進路を見失いそうになるのも納得する。
だから、コーナリング姿勢もヤンチャである。ホイールベースはわずか2,300mmである。平たく寝かされたハンドルにしがみつくようにしてコーナーと格闘する。スロットルペダルを床踏みしても、フロントノーズがガードレールに吸い寄せられるようなスリリングな気配はなく、エイペックスを強引に突き刺そうとする。獰猛な性格は隠しようもないのである。
ドライバーはマシンと格闘することになる。回転計の針は目で追うのすら間に合わないほど激しく暴れ回る。595コンペティツィオーネは強引にコーナーを串刺しにする。6速マニュアルシフトの操作も忙しい。流れる景色は2倍速で流れる。全神経を集中させていなければ、595コンペティツィオーネに弄ばれるだけのである。
しかし、595コンペティツィオーネに操られているうちに、僕の中の主体的な感情が芽生えた。この獰猛なマシンを手懐けたい。主従を入れ替えたくなるような欲求が湧き上がってきたのだ。
何度もコーナーと格闘しているうちに、595コンペティツィオーネの個性的な特性が体に馴染んできたことを自覚した。それまで目で追うのももどかしかったエンジンの抑揚も、感覚的に感じることができるようになっていった。
頼りになるのは、背後から響く「レコードモンツァ」の吐き出す音である。ターボチャージャーがフルに燃料を加圧し供給する。回転計がレッドゾーンに達する寸前に音色を変える。
「ここがリミットだよ」
そう知らせてくれるかのようなメッセージに聞こえるのだ。
サベルトの、ヘッドレスト一体型のスポーツシートに体を預ければ、無駄な筋力を使わずとも激しい横Gに耐えられることにも気がついた。次第に595コンペティツオーネが自分の物になっていくような快感が得られるのだ。
これはもう、自分ひとりの世界である。
ふと助手席に目をやればそこには当たり前のようにパッセージャーシートがある。それすら不自然なように自分のひとりの世界なのである。これはもうシングルシーターでもいいように思えた。
試乗を終えてからもう何日かが経過したけれど、今でも「レコードモンツァ」のサウンドが鼓膜の中で響いている。
木下隆之(きのした たかゆき)
1960年5月5日、東京都出身。日本のレーシングドライバー、作家、自動車伝道師。日本自動車ジャーナリスト協会会員。国内外のツーリングカーレースや耐久レースで活躍。特にニュルブルクリンク24時間レースへの挑戦は1990年の日産・スカイラインGT-Rに始まり、還暦を過ぎた2022年時点で参戦回数は日本人ドライバー最多。2022年は『Schubert Motorsport #880 BMW M2CS Racing』にてクラス優勝を果たした。